私も、最初はやりたいことなんてなかった。本当に好きなことを見つけるためには

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好きなことを仕事にしたい。

でも、やりたいことが見つからない。

1か月前の私もそんな悩みから、頭を抱える日々を過ごしていました。なにかに情熱を燃やすことなく、ダラダラとゲームをして過ごす毎日。休みの日は1日10時間なんてあたり前。スナック菓子ばかり食べていたので、体重は昔より6キロも増えていました。

定年までの40年間、好きでもない仕事を続けるなんて考えられない。かといって好きな仕事もない。ましてや、スキルなんてあるわけない。ただ、このままではいけないことは理解している。

なので、とにかく動いてみようと決めました。身の回りの環境、染みついた習慣、変えられるものから変えようと動き始めたのです。

あれだけ時間を費やしていたゲームを売りました。そして、ゲームで失った空白の時間を取り戻すために、まずは本(ビジネス書中心)を読むことにしました。

はじめに本を読む習慣をつくったのは正解だった

最初に知識を蓄えようとしたのは、今振り返ってみると正解でした。行動力のある人の考えを知ることで、自分がいかに狭いフィールドで思考していたのかを思い知りました。まるで、世界のすべてを知り尽くしたかのように思い込んでいたのです。

(堀江貴文さんの『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』や、西野亮廣さんの『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』などを読みました)

それまでの自分は、いつも手持ちの選択肢しか見ていませんでした。何ができるかだけを考えて、何ができるようになりたいかをロクに考えようともしませんでした。世の中で「スゴい」と取り沙汰される人たちを見て、自分ができないのを才能やはじめた時期のせいにしていました。

俺には才能なんてないしなぁ…

どうせ今から始めてもなぁ…

メディアは、スゴい人たちの「光」の部分のみを映し、「影」の部分は映さないことが多いです。なぜなら、その方が彼らの偉大さを強調できるからです。しかしホントは彼らも、はじめは私と同じように頭を悩ませ、誰も歩んだことのない道を、不安を抱えたまま進もうとしている時期があったことを知りました。

そして私は、リスクをとる覚悟を決めました。

しかし、好きなことはすぐには見つからない

やりたいことなんて、探し出したらすぐに見つかるものだと思っていました。100パーセント好きなことが急に目の前に現れると、そう思っていました。

ホリエモンこと堀江貴文さんも、今でこそやりたいことが湯水のように湧き上がってくるそうですが、最初からそうであったかというと、どうやら違ったそうです。

堀江さんの言葉を借りると、「最初から絶世の美女が目の前に現れるわけない」と。

また、『お金2.0』の著者・佐藤航揚さんは、「人間の心は放っておくとすぐサビる」という言い方をされています。「心がサビる」とは、日々やらなければいけないことを優先しすぎたせいで、本当に自分がやりたかったことを忘れてしまうことです。

私の心はサビ切っていました。なにせ、周りの要望を実現すれば、とりあえず評価される世界にずっといたわけですから。

自分のやりたいことがわからないなんて、よくよく考えたらおかしな話です。何のために生きているのか、わからないのですから。

それでも自分が没頭できるものを探し続けた

私の心はサビ切っていました。

だから私はまず、そのサビを落とすことからはじめました。自分が本当に好きなことは何かだけを考え続けたのです。一日中、時間を忘れて没頭できるものは何か。

「どうすればそれができるようになるか」は、なるべくアタマの外に追いやるようにしました。なぜなら、「できるかどうか」という実現可能性を考えることは、せっかく思いついた「やりたい」という欲求を殺してしまうからです。心のサビを落とすのとは正反対の行為です。

はじめに私は、映画評論をしてみたいと思いました。

自分が好きな映画を、他の人たちにオススメする仕事です。この時に現在のサーバーとドメインを取得して、ブログを開設しています。また、ゲーマー時代に使っていたモニターと、新しくAmazon Fire Stickをわざわざ購入して、ネットフリックスにも登録しました。

しかし、私は映画がそれほど好きでないことに気付きました。

確かに映画を見ているときは幸せでした。しかし、映画を1つ見終わると、「もういいや」となってしまうのです。次の1本を見ようという気にならないのです。

冗談みたいな話ですが、お笑い芸人になることも半ば本気で考えました。

ですが、これも私のやりたいことではありませんでした。面白い話をして、人を笑わせるというのは好きですが、バラエティ番組などで体を張って笑いを取りにいったり、先輩芸人の顔色をうかがいながら時間を過ごしたりするのは、どこか自分がやりたいことと違うと感じました(単なる偏見かもしれません)。

そして、今

そしてようやく、納得のいく好きなことが見つかりました。

私のやりたかったことは、「伝えること」でした。何か特定の伝えたいことがあるのではなく、伝えること、それ自体が好きなんだと。思い返せば、塾のアルバイトをしていた時も、どうすればうまく伝わるかを試行錯誤しているときや、他愛もない話で子どもたちを笑わせているときが当時の幸せでした。

そして、現在、この雑記ブログを運営しています。

誰かの役に立ちたいというよりは、日を重ねるごとに、自分の文章力が向上している実感があります(皆さんから見るとまだまだかと思いますが)。昨日の自分と比べて確実に成長しているという実感が、とても心地いいです。

常に好きなことを探求し続ける

繰り返しになりますが、心から好きなこと、いわゆる天職がとつぜん目の前に現れることはほとんどありません。自分の足で動いて、好きなことをとりにいく必要があります。

言い換えると、目の前に降ってくるチャンスを見逃さないようにすることです。「イマイチ興味はないけど、とりあえずやってみるか」というノリの良さ、フットワークの軽さを意識します。

それはいつか、自分の好きなことになる可能性を秘めています。やってみないと、好きか嫌いかは判明しないのです。

世の中は、1つのことを極めたり、やり通したりすることを美徳として強いてきます。でも、最初からそうである必要はありません。今やっていることが不満で、もっと面白そうなことがあれば、そっちに乗り換えればいいんです。

私も今はブログを投稿していますが、今より面白そうなことが見つかれば、柔軟にスタンスを変えていこうと思っています。

とりあえず乗っかってみて、そこから微調整していく。「自分にできるかな?」「お金にならないんじゃ?」そんな考えは後回しです。

私を含めて、今の日本人はホントに恵まれていると思います。あらゆる分野の先人たちが、続く後輩たちのために一生をかけて手順・方法を残してくれているのですから。

できるかどうかを考える必要はありません、方法はすでにそこにあります。あとは、「やるかやらないか」という選択肢が残されているだけです。